猫の恋やむとき閨の朧月

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オリジナル小説「珈琲関係」

 

作 ねこなべ

 

まえがき

 

 大学4年の春を迎えたころには、すでに10社以上の就職面接を受けていた。私は今日も就職面接を受けに、早めに面接会場へと向かっていた。今日は最終面接。絶対落とすわけにはいかない。面接会場の最寄駅を出ると、私と同じように就活をしている大学生を見かけた。その人は女の子でもう一人女の子と歩いていた。おそらく友達同士で面接へ向かうのだろう。仲良しであることなのはとても良いことではある。しかし、もし一方が内定をもらい、もう一方が内定をもらえなかった場合。そこにどんな感情が渦巻いて、どんな言葉をかけるのだろうか。私なら「頑張ってね」と励ましの言葉を伝えるかもしれない。それでこそ親友のあるべき姿なんだと思った。

 

 私は腕時計を見て時刻を確認した。面接を受けるにはまだ時間があったので、近くのコーヒーチェーン店に向かうことにした。店に到着すると、入り口には平日にも関わらず人が並んでいた。なぜこんなに人が並んでいるのかというと、このお店が開店したばかりで、開店記念ということだそうだ。どうやらこの店でしかやってないサービスが、これだけの人を集めているのだろう。店頭に立てられた幟(のぼり)には「全品20%引きセール実施中」と書かれたものが、4本立てられていた。行列になっているが、仕方なく列に並ぶことにした。列がある程度進んだところで、店員にメニュー表を渡されると、私は頼みたいものを決め、通りかかった店員にメニュー表を返した。並び始めて少しして、ようやく自分が注文する番が回ってきた。私は店員に注文したいものを伝えようとした。

 

 その時だった。私が注文している後ろから、見知らぬ男が横入りをしてきたのだ。見た目は20代前半。私と同じくらい年だ、

「あの、すみません。これ自分の注文したものとトッピングが違うんで変えてくれませんか?」

なんと自分が注文した商品のトッピングを出されたものが違うということで、返品・交換を列にも並ばず要求をしてきたのだ。そのことを受けた店員は、私よりも先にその男の返品・交換の対応を始めたのだ。私はその男に対し、冷静に説教をすることにした。

「すみません、私が並んでいたのに、列に並ばず返品するなんて常識的に考えて間違ってませんか?」

「いや、注文した内容と違うものを出したほうが常識的に考えて間違えてませんか?」

「それは列を並ぶことに関係ないじゃないですか。あなたは列に並んで順番に対応を受けるという常識がないと言ってるんです」

「サービスとして、まず客の要望に対して対応するのが常識だと僕は思います。それに僕は一度列に並んで購入しました。同じじゃないですか」

どうやら非を認める気はないようだ。私はどうしても許せなかった。なぜ横入りをしたこの男のほうを優先したのか。私がイライラしているとその男は質問をしてきた。

「あなたはいったい、何を頼もうとしたんですか?」

「あなたには関係のないことでしょ」

そうだ、この男に答える義理などない。

「どうしてもダメですか?ダメですか?」

しつこく聞いてくるので、私は投げやりに答えた。

「このフラペチーノよ」

「あー、なるほどね。わざわざ美味しくないもの頼んじゃうんだ」

さすがに頭にきた。私は好きで頼んでいるのに、なぜそんなことを言われなきゃいけないんだ。

「どうしてそんなこと言えるんですか!」

「いや、事実を述べただけであって」

「ここのコーヒーが不味いっていうなら、なんであなたはここのコーヒーを買ったんですか?」

「店長に頼まれたからだよ。試しに視察して来いって。ほんと店長は何でも俺に任せるんだから」

店長に頼まれた?そんなの言い訳に決まっている。この人だって私と同じでただコーヒーを飲みたかったから、近場のここを選んだに決まっている。私は、この何の悪びれない男に、是が非でも謝らせたかった。列に並ばず注文をしたこと、ここのコーヒーを不味いと言ったことを。

 

 すると、店内の奥から店員が交換するコーヒーを手に持ってやってきた。

「お客様、大変申し訳ございませんでした。こちら注文したもので作り直したものになります」

店員は申し訳さなそうに言っていたが、こんな男に謝らなくてもいいのにと思った。というかまずはここまで注文を待った私に対して謝るべきだろう。

「いや、すみません。お手数おかけしてしまい」とさっきまでの態度とは一変に、この男も申し訳なさそうにしていた。「店員さん、この人に騙されてますよ!」と言いたかったが、心の中でしか言えなかった。そして、そのまま申し訳なさそうにして男は店を出ていった。私の怒りは収まらないままだったが、もうそんなことはどうでもいい。私はこの店員に話しがある。

「すみません、なんで私が先に並んでたのに、あの男の人を優先したんですか?」

「申し訳ございませんでした」

謝って済むなら、警察はいらない!とはよく言ったもので。謝られてばかりでも埒があかないので、私は気持ちを落ち着かせ、これ以上問い詰めないようにした。

「もういいんで、注文してもいいですか。このモカフラペチーノください」

「かしこまりました。お会計が450円になります」と店員に伝えられ、私は財布から500円玉を出し、会計を済ませた。

「おつり50円のお返しになります。品物ができ次第お呼びしますので、レジ近くにお待ちください」と言われ、私は人で溢れかえり、待つスペースなどないレジ近くで待つことにした。

 

 

「モカフラペチーノをご注文のお客様」

私の頼んだ品物が完成したので、店員から受け取り、奇跡的に席が空いたのでその席に着き面接のシミュレーションをすることにした。

 鞄から就活マニュアルと、自分が作成した面接対策ノートを開き、もう一度面接で話すであろうことを想定し、暗記を始めた。就職面接では、時にはとんでもない質問がくると、いろんなところで耳にするが、10社以上受けてきたが、いまだにそんな質問をされたことがない。そんなこと、嘘に決まっているではないかと、このあと面接をするまで、私はたかをくくっていた。

 

 面接

「あなたの最近あった嫌なことはなんでしたか?」

まさかこんな日に面接官から想定していないことを聞かれてしまい、私は焦ってしまった。今のところ、面接の流れはいいところまできていた。しかし、ここで悪い予感が当たるなんて。強いて言うなら、この質問が嫌なことではあるが、とにかく最近あった何か嫌なことを話さなければならない。最近あった嫌なことと言えば。

「今日、この面接に来る前に、カフェに入って面接の確認をしようと思ったのですが、そこで嫌な出来事がありました」

「それはいったいどんなことですか?」

「はい。私が注文をしようとした時に、列に並ばず横入りをして、頼んだ品物と違うと言い、返品をしようとした男性がいました。私はその男性に列に並ぶよう注意をしましたが、話しを聞かず、そのまま注文したものを返品、交換をして、店をあとにしました」

「それが、あなたのあった最近の嫌なことですか?」

「嫌なことというよりか、なぜ常識を守れないのかということです」

「そうですね。確かに、列に並ばず返品の対応をしてもらうのは、よくないことかもしれませんね」

やはり、私が正しいのだ。あそこで怒ったことは正しいことをわかってくれるのは、この面接官しかいない。自分のしたことを認められたような気持ちになっていたのだが、面接官は話しを続けた。

「知ってましたか?行列への割り込みは軽犯罪につながることもあるんです。秩序を守るためということで、軽犯罪法にも記載されていることなんです」

初耳だったことに驚いた。もしかしたら、あの男の行為で罰金が取られたのかもしれないのか。

「では、もし私が割り込んできたとき、あなたは怒ることができましたか?」

「え?」

不意打ちの質問に、つい素が出てしまった。

「それは…」

「誰かを怒るということは、とても勇気のいることだと思います。私は、あなたがしたことは正しいと思いますよ」

「はい、ありがとうございます」

私は、少し自信なさそうに答えた。

「お気になさらないでください。そのままの意味ですので」

私は、今の質問に答えられなかったことに対して、なぜか自信を失ってしまっていた。もしここで、何か一言返していれば何かが変わっていたかもしれない。

「本日の面接は以上になります」

「本日は貴重なお時間ありがとうございました。失礼します」

私は、少し腑に落ちないまま面接室をあとにしたのだった。

 

 

珈琲関係(WELCOME TO COFFEE RELATIONS)

私は面接結果がどうなるのか気が気ではなかった。すぐに自宅に帰る落ち着きもなかったため、どこかお店に寄ってから帰ることにした。スマホを開き、近場のお店で気になる場所がないか探した。パスタ、パンケーキ、洋食レストランに、ラーメン。グルメサイトにアップされていた様々な店を見ていたが、どれもピンとくるものが見つからなかった。その中で、一つ気になる店名を見つけた。

「珈琲関係」

変わった名前の喫茶店?カフェ?なのだろうか。私は、この不思議な名前の店に行くことを決めた。しかし、このコーヒーに自信のありそうな店の名前はなんなのだろうか。不思議と惹きつけるものがあり、私はそのお店にルートを設定し、歩き始めた。

 

スマホを見ながら少しずつ店が近くなってきたのを確認すると、今度はコーヒーの匂いがした気がした。少し焦げたような匂いが私の鼻を刺激する。その方向へ歩くと、外観が煉瓦で作られた店に着いた。

店の入り口には、木製でできた立札があり、木の淵のなかに黒板が組み込まれたものだった。黒板には「WELCOME TO COFFEE RELATIONS」英語で「ようこそ、珈琲関係へ」と書かれており、その横には、コーヒーのイラストが描かれていた。

「いったいどんなお店なのだろうか」

私は店のドアを開けた。ドアには鈴が付いてあり「カランコロン」という音が、古き良き喫茶店を想像させるものとなっていた。店内は少し薄暗くなるよう照明が調整されており、席は30席ほどだろうか。喫茶店にしては少し広い感じがした。しかし、客席はほぼ満席で、会話を楽しんでいる客や、コーヒーを飲みながら読書をする客など、各々が楽しんでいるようだった。

 

「いらっしゃいませ」と私は、店の奥から出てきた女性に声をかけられた。年は私と同じか、ちょっと上の年齢だろうか。見た目は可愛らしい感じで、白のYシャツに、黒のチノパンを履いており、Yシャツの上からはエプロンをかけていた。

「お客様すみません、ただいまカウンター席しか空いていないのですがよろしかったでしょうか?」

「大丈夫です」

「かしこまりました、ではこちらの席におかけください」

私は店員の指示で席についた。カウンターには、数多くのビンが並べられており、その中にはコーヒー豆が入っていた。おそらく客の飲みたいコーヒーに合わせて豆の種類も変えるのだろう。私は、どの豆を使ったコーヒーを飲みたいなどと答えられる自信はない。その隣には、あのコーヒー豆を挽く、手動のかき氷機みたいなものも置いてあった。年期が入っており、あまり知識のない私でもわかるくらい、とても高そうに感じた。

 

もしかしたら敷居の高いお店に入ってしまったのではないかと、急に不安になってしまった。何を注文すればいいか悩んでいたとき、先ほどの女性がやってきた。

「こちらをどうぞ」とおしぼりと水の入ったコップを私の目の前に置いた。私はこの女性に注文の仕方を聞こうとしたのだが、あることに気付いた。

「あの、すみませんメニューがないんですけど」

そう、メニュー表がなかったのだ。これでは何を注文していいかわからない。

「はい、お客様は初めて来られましたよね。だから、一杯目のコーヒーはこちらからおすすめのものを無料で提供します」

「えっ、いいんですか?」

「はい、初めて来られた方には、こういう方針にすると店長が決めているので」

「そうなんですか」

こんな喫茶店は、日本でも稀に見ぬことではないだろうか。私は安心して注文ができる、そう思った。

「その前に、いくつか簡単な質問をしてもいいですか?お客様の好みに合わせたものをお出ししたいので」

無料でコーヒーを出し、そして客に合うコーヒーを出す。なんて親切なお店なのだろう。

「甘い香りと芳ばしい香り、どちらが好きですか?」

「甘いほうが好きです」

「酸味のあるものは好きですか」

「普通くらいです」

「苦いコーヒーは好きですか?」

「あまり苦味がないものがいいです」

「わかりました。少々おまちください」

その女性が笑顔で言うと、店の厨房へと姿を消した。私は、どんなコーヒーが出されるのか楽しみだった。口に合っても合わなくても、無料でコーヒーが飲めるなら得をしたものだ。

 

 

 注文をし終えたところで、私はスマホを取り出し適当に時間を潰した。5分くらい経ったことだろうか、お盆にコーヒーを乗せて私の元に運んできた。

「お待たせしました」

私の前に出されたコーヒーは、ブラックコーヒーだった。あまり好きではないので、ミルクとガムシロップをもらえるよう頼もうとした。

「あの、ミルクとガムシロップが欲しいのですが…」

「申し訳ございません。最初の一杯はブラックというのが当店の決まりでして…」

「あの、どうしてですか?」

「コーヒー豆そのものの味、香りを楽しんでいただきたいというのが店長の教えでして…」

「はあ…」

どうやら、ブラックで飲まないといけないらしい。私は渋々、コーヒーカップを手に取り、一口飲んでみた。

 

「あれ?美味しい」

 

驚くことに、苦味はあるもののそこまでキツい苦味ではないし、香りもそこまで焦げ臭いような香りでもない。スッと入ってくる味で、今まで飲んできたブラックコーヒーの中で一番美味しく、衝撃的だった。私は先ほどコーヒーを運んでくれた店員さんに声をかけ、この感動的な気持ちをどうしても伝えたくなった。

「あの、とても美味しかったです。私、ブラックコーヒー苦手なんですけど、飲みやすいというか」

「それは、良かったです。あなた好みのコーヒーが見つかりましたね」

「はい、ありがとうございます」と話していると、店の奥から一人の男性が現れた。

見た目は60代くらいの男性で、髪は白髪だが整った髪型。髭も生やしていたが、それも白髪だった。例えるなら大物芸術家みたいな感じで、恰幅もいい。格好は上はワイシャツ、下は黒のチノパンを履いており、THE・カフェ店員といった見た目だ。

「どうでしたか?ここのコーヒーは?」

「とても美味しかったです」

「そうですか。私も丹精込めて、挽きたてのコーヒーを作った甲斐がありました」

「じゃあ、あなたが?」

「ここの店長をしてます、豆山と言います」

「堀河美結(ほりかわみゆ)です」

とても感じのいい人で、何をやっても怒らなさそうな人だった。

「あの、こういうことを聞いていいのか…」

「何でしょうか?」

「どうして私でも飲みやすいコーヒーを出せたんですか?」

私は気になってしまった。

「先ほど、うちの店員がいくつか質問をしませんでしたか?」

「もしかして、あの少しの質問だけで」

「堀河さんのような女性に多いんです、苦味と匂いが苦手な方が。そこにちょっとアレンジを加えた感じです」

「スッと入ってくる感じが、そのとても美味しくて。何て言ったらいいんだろう」

私はこの美味しさを必死に伝えたかったが、なかなか感想がまとめられない。

「あなたがお伝えしたいことは、よくわかりました。ありがとうございます」と、豆山さんはニコニコと笑顔で答えてくれた。その表情はとても優しくて、その優しさはコーヒーの味にまで表れている、そんな気さえした。私は店内を見回し、コーヒーを飲んでいるお客さんの顔を見た。みんなが笑顔になってこのお店のコーヒーを楽しんでいるように見えた。幸せそうに見えた。

 

「あの、私、ここで働きたいです!働かせてください!」

「えっ?」

豆山さんと女性店員は私の言葉に、一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔になってこう答えてくれた。

「いいですよ。でも、一つ条件があります」

「条件…ですか?」

「彼のお世話をしてあげてください」

「彼とは…?」

その時、入り口でカランコロンとドアの開く音がした。

「店長、ただいま戻りました!」と、元気の良い、若い男性の声がした。

「おお、歩(あゆむ)おかえり。どうだった、ほかのお店のコーヒーは」

「新しくできたお店は普通ですね。それともう一軒。行き当たりばったりで寄ったんですけど、そこは美味しかったです」

「そうか、じゃあこれからも研究頼むよ」

「そろそろ自分にもコーヒーの淹れ方教えてくださいよ」

「ハハハ、歩にはまだ早いよ」

豆山さんと話しをしている「歩(あゆむ)」という人物。私はこの人物を知っていた。

「あなた、あの時、横入りしてきた!」

「あっ!あの時、説教してきた!」とお互いが指をさし大声をあげた。

 

「なんだ、知り合いかね?」

「聞いてくださいよ店長。この人、僕に説教してきたんですよ」

「それは、あなたが順番を守らないで注文したからでしょ!」

両者一歩も引かずに、にらみ合った。

 

「まあまあ、仲良くしなさい。これから一緒に働く仲間なんですから」

「一緒に働く仲間、この説教女と?」

「もしかして、彼のお世話って」

私はなんとなく嫌な予感がした。

「なら、私の紹介も必要ね。私の名前は、望月薫(かおる)。ここの副店長だから宜しくね。仕事は接客専門だけど、こう見えて店長に負けないくらい美味しいコーヒー出せるのよ」

豆山さんと望月さんは、私が働いてくれると知って笑顔になった。

「あの、彼のお世話はちょっと…」

「彼の名前は『佐々木歩』。本当に手のかからない子でね。年の近い女の子がいてくれたら言うことも聞いてくれるだろうし。なので堀さん。歩のお世話、よろしく頼みましたよ」と豆山さんは嬉しそうに言うと、私の肩をポンポンと叩いた。

 

もし、自分がコーヒーを淹れる日がやってきて、このお店を訪れた人に「美味しい」と言ってもらえる日がくるのなら。そんな夢をパッと思いついたのだが。

 

私はこれから、この男の世話もしなければならない。それを知ったことでガクッとやる気が落ちてしまった。なぜ、こんな面倒なやつを。しかし、これから待ち受けているものは、それだけではない。奇妙で、可笑しくて、時には悲しくて。このお店を訪れる様々なお客様が私の前に現れようとは。この時はまだ知るよしもなかった。