猫の恋やむとき閨の朧月

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尊敬できる人になる

좋은 아침です。

昨日はとにかく1日中凹みまくりました。

 

すべてはこの美味しいコーヒーを美味しく味わうために。

朝から3,500字を叩きました。

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私の尊敬する人

私にはかれこれ7年ほど尊敬し、慕っている先輩がいます。

上京して生き方なんて何も知らないピュアな自分にいろんな化学反応を起こしてくれた人で、今の自分の約5割はこの先輩の影響で形成されていると言っても過言ではありません。今風に云うなら”メンター”というのでしょうかね。学生の時も今もとても尊敬している方です。

 

さて、凹みまくった昨日なんですが、なんと結婚式でした。

いやそれはそれは全く結婚式なんて行けるテンションではありませんでしたよ。

あまりにも凹みすぎて布団から1歩も動きたくない状態・・・

それでも尊敬している先輩に会える機会だったので重い腰を上げて結婚式、行きました。

 

結婚式が終わってからコーヒーを飲みながら久々に色々と仕事の話を聞かせてもらいました。前日に片思いの相手から言われた「とりあえず就職しなよ」と言うその意味をヒシヒシと感じさせられました。もちろん他の先輩たちの姿を見てもそれを感じました。

たった1つしか歳は違わないのに、完全な別世界の人なんです。

何が違うのかというと「地に足を着けている」というか「責任を持って行動している」というか「重みがある」というか・・・うまく説明できないのですが仕事に関しても、プライベートに関しても自分には全くない空気感でした。

 

仕事での努力量も、チャレンジの量も、考え方も、取り組み方も・・・全てが同じ世界のこととは思えません。とにかくすごい。

たぶん、同世代の人たちよりもものすごい成果と評価をもらっているんですよ。

自分の目指すべき”尊敬できる人”像はこの人だと、改めて強く強く思わされました。

 

これだけ戦って、成果を持って、今後も新規事業や海外へも視点を向けている。

同い年でも尊敬しない訳がない・・・っしょこれ。

卒業してから年に1、2回しか会ってない状態でしたけど、もっとたくさん機会を作って刺激をもらっていこうと思いました。

 

私の指針

一晩明けて、「こうなりたい」という理想が見えた今。

まず、自分はどう取り組んでいこうかなと考えています。

先輩のような次元に近づこうと思ったら、尋常の努力ではいけない。

規格外の努力か、斬新な手法か、超重大な責任か、、そういうことが必要になる。

 

「あと4年で人生変える」なんて宣言しているけど

その言葉がいかに厳しく、とんでもない覚悟と努力が必要とされることなのか微塵も気づいていませんでした。今は「4年・・・うぇぇあの域に行けるの?ハードすぎる・・・」って感じになってます。

 

「同い年で尊敬できる人」になる。それはとんでもない過酷な道のりです。

いつまでも温室(学生、バイトという)で去勢張って「金がない」「好きな人が振り向いてくれない」「やりたいことが見つからない」と愚痴っている自分が超絶情けない。心底情けない。社会を舐めすぎだ。人生を舐めすぎだ。自分のことも他人のことも舐めすぎ・・・

 

自分責めはこの辺で終えるとして

先輩からいただいたいくつかの指針があります。

①とにかくがむしゃらにやる

②自分のやりたいことを宣言してやる

③正しい努力を続ける

④真の孤独にはなるな

⑤人の大切さ

などなど

 

特に頭に残ったものを羅列してみました。

やっぱりまずは”がむしゃら”に向かうことが必要になる。

とにかく吸収!吸収!吸収!吸収!吸収!

有無を言わずとにかくやる。

 

次に、がむしゃらに取り組んだ中で自分の気持ち良いことに特化してみる。

誰かに「俺は〇〇にも取り組んでみたい」と伝えておく

 

そこからは正しい努力をひたすら継続していく。

成果が全く出なくても自分のプラスになることを続けていくとある時突然成果として表出するみたい。だからたとえムダに見えても「自分にとってはプラス」という努力であるべきで、それなら他人の評価がさして気にならない。「自分のため」。

 

加えて「〇〇を努力したい」とやはり誰かに事前に伝えておくこと。

誰にも伝えずに努力すると途中で挫折しても、結果的に失敗しても誰の目にも留まらないらしい。「見てくれる人がいる」というのが継続の力にもなり、次のチャンスにもなる。後出しもダメということでした。結果が出てから「〇〇の努力をしてました」と言っても意味がないですもんね。

 

あとは私のアイデンティティとして根付いているスタバの企業理念。

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www.starbucks.co.jp今まで深く考えてこなかったんですけど、これはとても大事にしてあげるべきだと感じました。

以前、コーヒーの記事でも書いたのですが「コーヒーはツール」なんです。

コーヒーは人を幸せにするためのツールなんだ。売っているのはExperienceだよ。

というその考えはスタバ以外でも、コーヒー以外でも様々なことに言えるのではないでしょうか?

 

尊敬できる人になる

そのために通るべき道が平坦ではいけないことは先述の通り

ただ、平坦じゃない道・・・という思考で大失敗したのは今から3年前の私です。

とにかく苦労と失敗と多忙こそ美徳だと思い我を失いました。

すごい人間になるためには苦労が何より必要だと勘違いして、誰よりも過酷な環境を”構築”しました。構築・・・つまりほんとはそんなに過酷ではなかったんです。

 

平坦な道は平坦な道で楽できる方を選べばいい。

苦労はやりたいことをやる為に必要ならすればいい。

軸になるのは”やりたいことを全力でやる”、”やりがいのあることをやる”なんだと思います。その軸を決して忘れてはいけない。

 

その時の私は、方向を間違った「正しくない努力」だったんだと思います。

 

「やりたいこと」が楽な道であることはたぶん数少ない気がするんです。

十人十色の価値観で存在する「やりたいこと」

楽をするなら既存の道、誰かが切り開いてくれた道を歩けばいい。

やりたいことをやるとたぶんとても険しい。

とある本でも「やりたいことをやるというのは自由でわがままに聞こえますが、やれるもんならやってみろってことなんです。」という文面を思い出しました。

 

つまり、やりたいことをやる→結果として険しい道が待っている→苦労や努力が人間を磨いてくれる、なんだろうと感じました。

 

そう、大学院で研究しているときに気づきたかったですが、研究こそ正に道を切り開くものではないでしょうか?誰かと同じ道を歩いても「それ〇〇さんの論文で言ってることやろ〜?」「そんなん当たり前のことじゃん」と研究になりません。いざ、自分の方向性が見つかっても反論という逆風が半端ないです。(私はそこまで行けませんでしたが諸先輩たちの研究報告を聞いていて感じた。)めっちゃ大変です。

 

日本史の教科書やいろんな本を読む、歴史検定1級取得して、知識面で誰よりも突き抜ける(既存の道)→歴史学を研究して新しい発見や定説を覆す(道の開拓)

という順番で努力していければよかったなという反省。

教科書的歴史観や、先行研究、従来の研究手法から抜け出せないのは「既存の道」

新出史料や他分野の研究手法・結果の利用、独自の見解、新事実みたいのを軸に研究ができるのが「やりたいことをやる」研究だったなと思います。

 

だから尊敬できる人になろうとしたら

「やりたことはなんなのか?」「やりがいはあるか?」「結果が出て嬉しいか?」という軸を決して見失ってはいけない。そう思うのです。

 

さいごに

申し訳ないくらい昨夜先輩の話を聞いていて感じたことを文にしてみただけなんですが、どうなんですか?私の指針って、尊敬できる人になるための指針って、これで良いと思いますか??

 

社会のなんたるかを全く知らず去勢を張る私の机上の空論には、もはや自信のかけらさえありません。きっとこんな上手くはいかないんですよね。

自分の性格や考え方、価値観で変えなきゃいけないことがいくつも壁になって出てくる気がします。自分の独自性にこだわりすぎて結局道を我を失ってしまう気もします。こればっかりは実際に社会に飛び出してみないとわかりません。

 

それでも実際に働く人から感じたことから考えたことは多少なり自分の血となり肉となり心構えとして持っていてもいいのかなと思って記事にまとめました。

これは誰かに読んでもらうというよりも、自分の頭を整理するための記事です。

ぜひご意見いただけると嬉しく思います。