猫の恋やむとき閨の朧月

映画が中心/みんなの趣味を好き勝手に発信

「やりたいこと」という闇

こんばんは。

久しぶりに記事の執筆をしてみます。

大先生こと私です。いつの間にか春ですねー。

 

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就職活動をする中で、「ゴールはどこですか?」「やりたいことはなんですか?」という問いは必須中の必須でした。その都度、それっぽい答えをしていたのですが明確な「やりたいこと」なんて全くわかりませんでした。

 

きっとこの壁にぶつかった同世代の人たちは私だけではないのではないしょうか?

大半は就活の時にここの壁にぶち当たるのではないでしょうか?

学生のうちから将来の夢や、やりたい職業があって、そこに邁進できる人たちというのはとても尊敬するなと私は思います。

 

如此云う私も「歴史の勉強がしたい!」という一新で上京した身です。「やりたいことがあってすごいね。」と周囲からもよく褒められていました。私自身も「自分は歴史をやりたいんだ」ということに疑問も抱かずここまで生きてきました。

 

本日はそんなことを記事にできたらと思います。

 

 

やりたいことはなんですか?

私は大学入学から大学院の卒業、そして教員採用の対策と8年間歴史を学んで来ました。それだけ言うと「8年も続ける目標があって偉いね」と、そう思われるかもしれませんが、逆です。

 

歴史さえやっていれば何もしなくてよかったのが問題でした。

大学院の同期や、諸先生方、後輩・先輩、皆々なにか目標があって研究をしている人たちばかりでした。

とある人は教授を目指し、とある人は新たな学問体系の確立を目指し、とある人は史料保存に携わることを志し、とある人は教科書を書き換えることを目指し・・・

 

歴史の勉強は今でも好きだし、古文書を読むのも楽しいし、教養が広がるのも歴史の魅力だと思っています。

ですが、「じゃあ、何がしたいの?」と聞かれると何も返せません。

「なんのために歴史の勉強したの?」と聞かれても未だに明確な答えを持ちあわせていません。

強いて言うのなら”歴史の勉強さえしていれば自分は特別な存在でいられた”。

何かに貢献したいとか、何かを変えたいとか、そんなことはOut of 眼中。

 

皆さんは何がしたくて今の仕事・勉強・遊びをしていますか?

私のような沼にハマっていませんか?

 

働き始めて見えてきた原石

就職活動を経て、今の職場で働き始めて1週間が経過しました。

合格の電話をもらった際に「インターンとして働く数ヶ月、〇〇さんがやりたいことをやってみてください」と伝えられてたその言葉が今でも色濃く脳裏に刻まれています。

 

その電話をもらってから前職の仕事中でもずーーっと考えていました。

「俺って何をしたくてこの会社にアプローチしたんだろ・・・」

前職での2週間ひたすら考えて、4月になり1週間働いて、原石のようなモノを掘り当てました。

 

その前に現職に就いて知ったことがたくさんあるので共有なのですが

弊社サービスを利用してくれている企業数は数万社あります。ですが、現状その中でアクティブに活用してくれている企業数はわずか1割程度に過ぎません。

私は「このサービスが普遍化したら自分のように救われる人がもっとたくさんいるんじゃないか」と考えているのですが、世間的には全く知られていないサービスなんだなと痛感しました。

 

「となると中で働く人自身もインフルエンサーになって、サービスを広めていく活動がとても大事になるんだな」ってなんかふと思いまして。

自分がSNSをやめないのも、ブログみたいなのが昔から好きなのも、新しいガジェットにすぐ飛びついちゃうのも、なんか腑に落ちるなって思いました。

 

もしかすると自分が本当にやってみたいことってこっちの世界だった??・・・

今までSNSガチる人とか、意識高い系とか、イタイ奴になるのが嫌だったけど就活始めてから少しずつ少しずつこっちにシフトしてきたように感じます。

 

もっとこの原石を磨いたら、「この会社でやりたいこと」を具現化できんじゃね?

 

やらされている「やりたいこと」

誰しも自分の選択は自分で選ぶわけですが、自分で選んだと思っていても親の価値観だったり、社会的ステータスだったり、友達からのイメージだったり・・・いろんな諸要因があって周囲の声がかなり入って選んでしまっていることもあります。

 

今、全く違う世界に飛び込んでみて

やっぱり怖いです。今までやってきた勉強・経験は9割活きない環境だし、知識もスキルもないし、何より院卒→教員のレールから大幅に脱線します。周囲の目とか、イメージとか、歴史諦めた奴とか思われんのめーっちゃ怖いですよ。教授とか親になんて言われるのかなとかとか

 

全然歯が立たなかったらどうしようとか、上司が同世代なのに自分はインターンなの恥ずかしいとか、営業怖いとか、なんか色々ネガティブな感情もありますけど

「自分でやりたくて選んだ選択だな」と思っているのでどっちに転んでも悔いはないです。だからか知らないけど、1日中ひたすらテレアポしてるだけなのになんか楽しいです。今日も1本も商談化できなくてめっちゃ悔しいけど、だから明日はもっと会話の流れ改善してみっか〜って感じだし、結構楽しんでます。

 

他人の評価とか社会的ステータスばかり気にして生きてきたから、失敗するほどにどんどん性格もひねくれたし、行動起こせないのを隠すためにどんどん口だけ雄弁になって去勢張ったし、留年とかフリーターとかが恥ずかしかったし、評価してもらえない自分を責めたし、「やりたいこと」という闇に溺れていたなと思います。

 

締めましょう

とは言っても、生活の8割ほどは上手くいかないことで占めている。

その現状はぶっちゃけ大して変わってないのです。

性格面もやっぱり捻くれてるなと自覚することが日々あるし、まだまだ「やりたいこと」探しの序章に過ぎないと思います。

 

将来の目標は持たないといけないとは言われますが、

こんな風に日々、やりたいことを模索しながら生きてもいいんじゃないかなーって思います。たかだか20代でこれから先の60年・70年の人生のゴールを決めてしまうってもったいなくないですか?

 

今の80代の人が20代だった60年前、1958年の日本を生きた20代の若者が現代のインターネットやスマホ・AI・仮想通貨・SNSなどそんなものを想像していて作ろうと思って作ってきたかといえば否だと思います。もっと今は想像できない自分になりたいから僕は「やりたいこと」のゴールを決めずに生きていきたいなと過去を顧みて思う次第です。

 

以上。久しぶりの記事でした。

おやすみなさいませー。